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甘い看病 その1

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―雨が降っていた。

空は肌寒い空気を呼び込んで黒く澱んでいる。
昇降口にて、一人静かに佇む少女―古手川唯は、沈痛な面持ちのまま、どんよりとした空を仰ぎ見る。
「雨、か…」
唯はその小さな唇でそっと静かに呟くと、そのまま視線を落とした。
絶えず地面を打つ雨だれを、唯はぼんやりと見つめ続ける。
「今日は、降らないと思っていたのに…」
放課後、先ほどまでの快晴が嘘のように急に降り始めた雨。
唯はふっとため息をついてしまう。
風紀委員としての仕事を片付け、これから下校しようとしていた矢先のでき事だっただけに、やり切れない感情が沸き上がる。
普段の唯であれば、きちんと折り畳み傘を持参している筈なのだが。
「もう!降水確率0%って、嘘じゃない!」
今朝の天気予報に悪態を吐きながらも、持て余した右手で長い黒髪を耳の上にそっとかけ直す。

降ってしまったものは仕方がない。心を落ち着け、そのままゆっくりと瞼を閉じると、唯は静かに耳を澄ました。
唯は、雨音が好きだった。周囲の余計な雑音を消し、勉強や読書が捗るそれには、確かな情緒があると感じていたからである。
人気の無い校舎。屋根を打つ滴。規則正しく動く、自分自身の鼓動。
だんだんと穏やかになっていく気持ちに、唯は心地よい感覚を覚え始めていた。
「たまにはこうやって、何もしないでのんびりとするのも良いのかもしれないわね」
くすりと呟きながら、そっと自身の肩を抱きすくめる。雨によって運ばれてくるひんやりとした空気に、唯の体は小刻みに震えた。
「ちょっと、寒くなってきたかしら…」
いつまでもこうして立ち竦んでいても仕方が無い。職員室に行って傘でも借りてこよう。
そう思って踵を返す…と、下駄箱に向かって全速力で走ってくる一人の少年―結城リトの姿が目に止まった。
「いけね!遅くなっちまった!」
部活にも委員会にも入っていないリトが、こんな時間まで校舎に残っているとは珍しい。
ずっとここまで走ってきたのだろうか。息を乱しながら下駄箱から靴を取り出すリトに、唯は興味を抱く。
唯は、高くなっていく鼓動を感じながら、そっとリトに近づき、声を掛けた。
「結城君じゃない、こんな遅くまでどうしたの?」
昂ぶる気持ちを抑えて、できるだけ自然に語りかけてみる。
唯の存在に気づいたリトは靴を履く手を止め、はにかんだ笑顔を唯に向ける。
「ああ、古手川。いや、今日の小テストまたぼろぼろでさー、先生に補習喰らってた。しかも俺一人…」
笑いながら恥ずかしがるリトの表情に、唯は半ば呆れながらも、二人っきりで会話が出来るこの状況に心を躍らせていた。
「そうだったの。もう、ちゃんと勉強しなきゃダメよ?次の期末テストまで、あんまり時間も無いんだからね?」
上機嫌な唯は、優しく諭すようにリトにお説教をする。
リトに本当に伝えたいことはこんなお説教ではないのだけれども、素直になれない自分の気持ちにもどかしさを感じ、唯の胸はちくりと痛んだ。
唯のいつもとは異なった様子の穏やかなお説教に、リトは少々困惑しながらも素直に耳を傾ける。
「わ、わかってるよ…ちゃんと次のテストに向けて、頑張って勉強するって」
唯はその返答にふんわりと微笑むと、今度は鞄を持つ手にぎゅっと力を込めてリトを見つめる。
「そ、その…結城くん、今から帰りよね?」
「ああ、そうだけど。古手川も?」
「う、うん。そうなんだけど…」
唯はこくりと頷くと、そっと目を伏せる。
「傘…持ってきてなくて」
いつもリトに対して偉そうにお説教をしてるくせに、傘を持ってきていないだなんて、だらしのない女の子だと思われてしまうのではないか?そんな些細な心配事が、唯の心を曇らせる。
「そうだよな。ふつう今日みたいな日は誰だって持ってきてないって!みんな職員室に行って、落とし物の傘を借りて帰ったらしいぜ?」
リトの、本人は意識していないであろうさりげない心遣いに、唯は救われた気持ちになる。
「そうなの…え?ってことは、もしかして今から職員室に行っても…」
唯はふと思い至った疑問を口にしようとするが、一瞬躊躇った間にリトが述べる。
「ああ、もう品切れだろうな…」
「そ、そうよね…」
流石に、職員室が保管している傘がそんなに多くないことは、容易に想像が付いた。
「ど、どうしようかしら…」

再び落ち込む唯。唇をきゅっと結び、思い悩んだ表情のまま俯く。そんな唯を見ていられなかったリトは、思い切って声を掛けた。
「古手川!その…俺ので良ければ使ってくれ!」
そう言うとリトは、唯に対して自分の持っていた折り畳み傘を差し出した。
「え?ゆ、結城くん?」
戸惑いながらも唯はそっと受け取る。
両手に握られた、男物の無骨な傘。それを見やると、やがて唯の心はみるみるうちに暖かくなる。
「偉いのね結城くん。こんな日にまで傘を用意してるだなんて」
珍しく唯から素直に褒められたリトは、恥ずかしそうにして視線を逸らす。
「ち、違うんだ…俺、いつもロッカーの中に一本だけ折り畳み傘を置いとくようにしてるんだ。そ、その…今日みたいな日の為にさ!」
照れながらそう語るリトを見つめがら、唯の心は嬉しさでいっぱいになる。
が、またふと浮かんだ疑問を唯は投げかけずには居られなかった。
「ということは、結城くん…もしかして教科書とかも全部ロッカーに置きっぱなしなんでしょう!?」
「ギクッ!!」
瞬間、図星を付かれたリトは体を硬直させるも、急ぎ靴を履いて昇降口から逃げようとした。
「ちょ、ちょっと待って結城くん!結城くんの分の傘はあるの?」
呼び止められて振り返るリトは、困ったような表情を見せる。
「いや、無いけど…」
じゃあ一緒に…と唯が言おうとするよりも早く
「その傘小さくて、一人しか入れないんだ」
そう述べるリトに対し、唯は複雑な想いを抱く。
確かにリトの言うとおり、この折り畳み傘では、相合い傘は難しいだろう。
「だからって、結城くん一人が濡れながら帰らなきゃいけないだなんて…」
そんな唯の、申し訳なさそうな言葉に対して、リトはニカッと笑って答える。
「気にすんなって!古手川は女の子じゃないか。俺なら全然平気だって!」
「で、でも…」
まだ納得のいかない唯に対してリトは背を向けると、全速力で昇降口から飛び出していった。
「あ、ちょっと結城くん!」
「じゃあな、古手川!また明日!」
そう言い残し、雨の中駈けだしていくリトを見つめながら、唯は貰った折り畳み傘を両手でぎゅっと抱きしめる。
「結城くん…///」
リトの優しさに身を捩らせながら、唯はその背中が見えなくなるまで見送った。

「どうしよう…結城くんに、傘借りちゃった…///」

その夜、唯は机に突っ伏しながら、下校時の出来事に想いを馳せる。
いつもであれば、この時間は勉強に励む唯も、この日ばかりはなかなか身が入らないでいた。
机の縁をつぅっと指でなぞりながら、自分に背を向け走り出したリトの姿を思い返す。
「べ、別に、カッコいいとか、そういうことを思ってるわけじゃないんだから!///」
唯は一旦我に返るも、一度紡ぎ出したリトへの想いは止められなかった。
「でも…優しいな…///」
そう言うと唯は、枕元に置いてあるクマのぬいぐるみを手に取って抱きしめた。
柔らかい綿の感触が、溢れる気持ちを更に促す。
「結城くん、か…」
結城リト。
唯は彼のことを、最初こそクラスの風紀を乱す問題児だとばかり思っていたが、彼の純粋な心と優しさに触れ、今となっては特別な存在となっていた。
それが恋なのかと問われれば難しいところだが、唯が何かしらの形でリトに好意を抱いていることは、紛れもない事実であった。
熱っぽくなった心を懸命に静めて、両目を強く瞑る。
これまで男の子と深い仲になったことの無い唯は、嬉しさと戸惑いの入り交じった心境で悶々としていた。

あの後、リトの傘をさしながらご機嫌で帰宅した唯は、玄関先にて兄の遊と入れ違いになった。
「あれ?お兄ちゃんどこに行くの?」
「ああ、今日からサークルの合宿で3日くらい家空けるから、留守番宜しくな」
短く言い放ち、遊はせっせと靴紐を結んでいく。
「そ、そう、今日だったわね。行ってらっしゃい」
「ああ……ん?」
ふと、遊は唯が大事に持つ見覚えの無い傘に視線をやり、更に唯の上気した頬に注目すると瞬時に事情を見抜いたのか、ニヤリと口元を歪めた。
「へぇ、お前男から傘借りたのか。やるじゃん」
「な!?///」
なぜわかったのかと驚いた唯は、それこそ動揺を露わに顔を真っ赤にさせながら口をわなわなと震わせる。
遊はそんな初々しい妹の反応が可笑しくて仕方がないといった様に微笑みながら、くしゃりとその頭を撫でると玄関のドアに手を掛けた。
「きちんと乾かして、それから綺麗に畳んで返してやるんだぞ?男はそういう心遣いに結構弱いからな」
「わ、わかってるわよ!お兄ちゃんには、関係ないでしょ…///」
遊に何もかも見透かされて面白くないのか、唯は視線を逸らすとぷぅっと顔を膨らませる。
「まぁそう怒んなって。じゃあな唯、お土産期待しながら大人しくしていろよ」
「う、うん、気を付けてね」
旅行鞄と傘を手に家を出る遊を、唯は不機嫌ながらも寂しい面持ちで見送った。
遊からのアドバイスは、唯にとっては煩わしくもあり、また頼もしいものでもあった。
遊が自分のことをからかいつつも心配してくれていることは、唯の心にちゃんと伝わっていた。
それだけで、この兄妹は十分だった。

今、リトの傘はバスルームに干してある。明日の朝には乾く筈だ。
「ええと、そうしたら、綺麗に畳んで…ああ、それから、何かお礼をしなくちゃいけないわね」
唯は上機嫌にぬいぐるみを抱きしめたまま、リトが喜んでくれそうなプレゼントを思い描く。
「手編みのマフラーなんかどうかしら?ううん、でも今から編むには時間がかかるし、そういうのはクリスマスとかに用意するものよね。どうしよう…」
唯はぎゅうっとぬいぐるみを抱きすくめる…と、ある考えが思いついた。
「そうよ!心が籠もっていれば、別に物じゃなくても良いわよね。例えばうちに招待してあげたり、或いはデートとか…」
そこまで言うと、はっと唯は我に返り、頬を染めながらぬいぐるみに顔を埋める。
「な、何がデートよ…私ったら浮かれすぎ…ハレンチだわ///」
唯は心を落ち着けようと、指先の手入れを始めた。
リトのことを考えると、いつもよりも念入りに仕上げようと気合いが入ってしまう。
オイルでマッサージしてから、甘皮の処理をする。1日の終わりに行う、唯のささやかなおしゃれ。
ネイルは校則違反なので、せめて爪磨きで整えようと、唯は丁寧に手入れをしていく。
「結城くん、風邪ひいたりしてないかしら…」
結城家が学校から近いとは言え、流石にあの雨の中を濡れずに帰れたはずがない。
「大丈夫かしら?明日、学校来れると良いんだけど…」
唯は手入れを終えると、天井の蛍光灯に向けて両手をかざす。
その視線の先に、綺麗に仕上がった自分の指先が映り、唯は満足した様子で頷いた。
「もし結城くんが風邪をひいたら、私がお見舞いに行ってあげなくちゃ///」
リトの為にと、あれこれ看病をする様子を思い描きながら楽しそうに笑うと、唯は机から離れてベッドへと腰掛ける、と
「…っくしゅん!」
くしゃみをした唯は、震える自分の肩を抱きすくめる。
風呂から上がってからというもの、唯は暖かい格好をするのも忘れてリトへの想いに没頭していたのだった。
「湯冷め…しちゃったかしら?もう!私としたことが…早く寝ましょ」
唯はそそくさとベッドに入ると、ぬいぐるみを枕元において声を掛ける。
「うふふ…おやすみなさい、結城くん…///」
ぬいぐるみの頭をよしよしと撫でると、唯は幸せそうに眠りについた。

「38.2℃…よくもまぁ、学校に来ることが出来たわねぇ」
唯の脇から取り出した体温計を凝視すると、御門先生が素直に感嘆の声を上げる。
保健室のベッドに横たわった唯は、熱い吐息を吐きながら天井をぼぅっと見つめていた。
「一体どうしたの?もしかして昨日、雨に濡れて帰っちゃったのかしら?」
―いや、雨に濡れながら帰ったのは私じゃなくて結城くんなんだけれど…と、この場に関係のないリトの話題を出せるわけもなく、唯はただ己の体調管理の甘さを嘆いていた。
「ご迷惑をおかけしてすみません…もう大丈夫ですから…」
そう言ってベッドから降りて上履きを履こうとする唯を、御門先生にしては珍しく、慌てて制する。
「ダ、ダメよ、まだ大人しくしていなくちゃ。今薬をあげるから待ってなさい」
唯の体に丁寧に毛布をかけ直すと、御門先生は棚から薬の入った瓶を選び始める。
焦点の定まらない視線を虚空に漂わせながら、唯は今までの出来事を思い出す。
「ええと、朝起きて…頭が痛かったけど、結城くんの傘を畳んで登校して、それから…」
「骨川先生から聞いたわよ。あなた、授業中に突然倒れたんですって?」
唯は思い出した。
数学の授業中、指名されて黒板の問題を解いていた唯は、急にそのまま崩れ落ちるようにして気を失ってしまったのだった。
ついさっきまで意識がなかった唯は慌てて自分の身の回りをチェックする。
辺りを見回すと、自分の物と思しきブレザーが壁際に丁寧にかけられ、寝苦しくならないよう配慮してくれたのか、胸元のリボンも外されていた。
時刻を確認すると、午後3時。今日は半日授業なので、とっくに放課後。
数学の授業は4限だったので、かれこれ3時間以上は眠っていたことになる。
「私…どうやってここへ?」
「うふふ、結城くんが背負って運んでくれたのよ♪」
ふと浮かんだ唯の疑問に対し、御門先生はウインクをして答える。
「えっ、結城くんが…///」
瞬間、唯の鼓動が高鳴る。
「ええ。彼ったら一生懸命、教室から保健室まであなたを運んでくれたのよ。ほんと、優しい彼氏を持ったじゃない古手川さん♪」
御門先生の言い放つ「彼氏」という響きに、唯は顔を真っ赤にしながら慌てて言い繕う。
「そ、そんな…違います!結城くんはそういうのじゃなくて…///」
そんな唯の反応に、御門先生は口に手を当て、楽しそうにころころと笑う。
「噂をすれば、かしら?」
「え?」
唯が疑問を口にすると同時に、保健室のドアが勢いよく開かれた。
「唯ー!大丈夫!?」
「ラ、ララさん!?」
ふわりと胸に飛び込んでくるララの甘い香りが、唯の鼻腔を擽る。
戸惑う唯を尻目に、ララはいきなり自分の額を唯の額へと当てて体温を計る。
「あ、熱ぅ!うわぁ、すごいお熱だねぇ唯。大丈夫?辛くない?」
ララの心配そうな表情に、唯はたじろぎながらも嬉しい気持ちで一杯だった。
「え、ええ…もう大丈夫よ。心配してくれて…ありがとう…///」
唯の感謝の言葉に全身で喜びを露わにしたララは、両手を広げるや否や、ぎゅうっと唯を抱きしめる。
「唯ったら急に倒れちゃったりするんだから。本当に心配したんだよ!」
「もぅ、ララさんったら…///」
恥ずかしそうに身を捩らせて抵抗する唯に、ララはどこから取り出したのか、手にした冷○ピタを唯の額に綺麗に貼り付ける。
ひんやりとした心地よい感触に、唯の不快感は徐々に消え去っていく。
「お熱が出たときには、これを貼ると良いんだよね?どう、唯?気持ちいい?」
「ええ…ありがとうララさん///」
気持ちよさそうな唯の表情に嬉しそうに頷いたララは、まるで姉が妹をあやすかの様にぽんぽんと唯の頭を撫でる。
「ちょ、ちょっと、子供扱いしないでよね///」
「えー、いいじゃなーい♪」
ララからのスキンシップに、唯は熱によって上気した顔を更に赤くさせる。

「古手川さん、お加減はどう?」
ララの背中からひょっこりと顔を出したのは春菜だった。
「勝手だったとは思うんだけれど、古手川さんの帰りの準備はしておいたからね」
春菜は手にした唯の鞄を、そっと渡す。
「早く風邪治して、元気になってね!」
そう言うと、春菜は自分の手を唯の手に重ね合わせてぎゅっと握った。
「あ、ありがとう西連寺さん…ララさんも…///」
そう言うと、唯の頬に、つーっと一筋の涙が伝わった。
「え?ちょ、ちょっと唯?」
「こ、古手川さん?」
二人が驚きの声を上げるも、一度溢れだした感情は止められない。
今までずっと孤独だった唯にとって、二人の暖かな優しさは、唯の心を溶かすのには十分だった。
止めどなく流れ出る涙。唯は恥ずかしさで顔を両手で覆う。
「ご、ごめんなさい!私ったら…///」
「そんな!謝ることなんてないよ!」
「ララさんの言う通りよ!」
ララと春菜が、優しく唯の体を、そして心を、包み込むように抱きしめる。
「暖かい…///」
こんなにも自分を想ってくれる友達の存在に、唯は心の底から喜びを感じていた。
一頻り泣いて落ち着いた唯に、御門先生が「どうぞ」と薬を渡す。
「明日は日曜日なんだし、今日のところは早く帰ってゆっくりと休みなさい。お家の方に迎えに来てもらいましょう」
そう言って電話を取ろうとする御門先生に、唯は小さな声で遮った。
「そ、それが…両親は海外へ出張中で、兄もサークルの合宿に行っているので…家には私しか居ないんです…」
俯きながら語る唯の言葉を受けて、御門先生は思案に暮れる。
「そうなの。じゃあ私が…って言いたいところだけど、これから職員会議があるのよねぇ」
人差し指を口元にあてがって考えていた御門先生だが、やがて意を決した様に口を開く。
「じゃあ、結城くんにお願いするわ」
「そうだね!リト、頑張って!」
「ええ、結城くん、悪いけどお願いね」
三人の視線が、保健室の入り口に突っ立っているリトへと向けられた。
「え?…俺っすか?」
リトは自分を指差して聞き返す。
「そうよ。だってあなたじゃない。古手川さんをここまで背負って運んできてくれたのは♪」
御門先生からの「当然でしょ」とでも言いたげな物言いに、やがてリトは観念したように首を縦に振った。
「ありがとう結城くん」
御門先生は満足げに微笑むと「よろしくね」と職員室へと足を向けた。
「じゃあリト、私たちも先に帰るけどー」
「何かあったらいつでも呼んでね結城くん」
ララと春菜はリトにそう言い残すと、唯に「お大事に」と笑顔で手を振って保健室を後にした。

「……………」
「……………」
停止する時間。
唯は恥ずかしさを露わにしながら、震える声でリトに問いかける。
「も、もしかして結城くん…最初からそこに居た?」
「え、えーっと、そのー…」
リトは曖昧な表情をしていたが、やがて引きつった笑顔のまま、申し訳無さそうに頷いた。

リトの胸元で、唯が手に持つ二人分の鞄が揺れる。
「ごめんなさい、結城くん。家まで送ってくれるだなんて…」
「気にすんなって。それに古手川、すっげぇ軽いし」
「そ、そう…///」
唯をその背にしっかりと背負いながら帰路につくリト。
負担をかけない様、一歩一歩ゆっくりと歩いていく。
「俺の方こそごめんな。二人分の鞄持たせちまって」
「大丈夫よこれくらい。結城くん、手が塞がっているんだから仕方ないわ」
そう言うと唯は、リトの背中にこつんと額を当てる。
(結城くんの背中って、意外と大きいのね…)
クラスの中でも決して大柄とは言えないリトの背中も、今の唯にとってはとても頼もしく思えた。
「そ、その…さっきは恥ずかしい所を見られちゃったわね///」
唯は火照った頬をリトの肩越しに押しつけるようにして話す。リトに顔を見られることの無いこの体勢が、唯を無意識のうちに素直にさせていた。
「そんなことないって!俺、感動したんだ!女の子同士の友情って、いいなぁって」
迷うことなく自分の気持ちを述べるリトの言葉を受け、唯の頬は更に赤みを増していく。
「ララも西連寺も、古手川の目が覚めるまでずっと待っていてくれたんだぜ?ほんと、二人とも優しいよな」
まるで自分がしてもらったかのように、嬉しそうに話すリト。
「え、ええ…///」
今まで自分を心配してくれる友達など居なかった唯にとって、二人の献身的な優しさは、何物にも代え難い喜びであった。
「…でも、私が教室で倒れたとき、保健室まで運んでくれたのは結城くんなんでしょ?御門先生から聞いたわ」
「え、あ…いや…」
「その…ありがとう…///」
唯からの素直な感謝の言葉に不意を付かれ、一瞬口ごもってしまったリトだったが、しっかりと前を見据えると静かな声で唯に告げる。
「古手川に、お礼がしたかったんだ」
「え?」
「俺が体育祭でケガしたとき、古手川は自分のリレーを棄権してまで付き添ってくれただろ?だから、そのお礼だよ…」
「ゆ、結城くん…///」
自分のことを気遣い、助けてくれたこの少年の存在を、唯はただただ愛おしいと感じていた。
二人はお互いを意識してしまい暫く無言になっていたが、やがてリトの言葉が沈黙を破った。
「それにしても…」
「え?」
リトの含みを持った語り出しに、唯は少し身を強ばらせる。
「なんで昨日傘を使ったお前が風邪ひいてるんだよー!ふつうは逆だろー!」
「な!?そ、それは…///」
―結城くんを想って悶々としているうちに、湯冷めしちゃったのよ…などとは言えるわけもなく、唯はリトの背中で恥ずかしそうに震えた。
今まで我慢していたのか、一気にまくし立てたリトは、心底可笑しそうに盛大に笑い出す。
そんなリトの笑い声に恥ずかしさを抑えきれない唯は、必死に抵抗するかのように、力の入らない手で鞄をリトの胸に叩きつける。
「バ、バカ!私は、結城くんと違って…そ、その…せ、繊細なんだから!///」
「へぇー、ほぉー、ふぅーん…古手川が繊細ねー、そうだったのかー」
「も、もう…知らない!///」

そんな唯の反応を微笑ましく思いながらも、実を言うとリトはかなり切羽詰まっていた。
両の掌に収まるしっとりした太股の肉感。
背中に密着して押しつけられる柔らかい胸の感触。
そして絶えず耳元を擽る、熱を帯びた唯の吐息に、リトの理性は崩壊寸前だった。
唯をからかうことによって気を紛らわそうとしたものの、そんなものは焼け石に水であったことは言うまでもない。
(た、耐えろ俺!古手川の気持ちを踏みにじるな!)

そんなリトが苦境に立っていることなどいざ知らず、唯はゆっくりと流れていく景色に目を見やる。
(小さい頃、よくこうやって、お父さんにおんぶしてもらったっけ…)
くすりと笑うと、その背中をギュッと抱きしめる。リトには気づかれない様に、優しく、そして心を込めて。
遠き日の追憶を辿りながら、唯はどこか懐かしさを感じる安らぎに身を委ねていた。

「古手川、入るぞ?」
コンコンと控えめなノックと同時に、リトの声が唯の部屋に響く。
「いいわよ」
唯は濡れた髪の毛を乾かす手を休めると、リトを自室へと招き入れた。
「気分はどうだ古手川………っ!?」
リトは唯の姿を見るやいなや、途端に絶句する。
しっとりと濡れたしなやかな髪、熱によって赤みの差した頬、そして初めて見る唯の可愛らしいパジャマ姿に、リトは扇情的な感慨にとらわれた。
「な、何よ…じろじろ見ないで///」
唯は胸元を隠すようにして身を縮ませる。勿論パジャマはきちんと着ているのだが、家族以外の男性…特にリトに、自分の風呂上がりの格好を見られることが、唯の羞恥心をかき立てた。
「わ、悪い…さっぱりしたか?」
「う、うん。ありがとう」
唯はタオルを丁寧に畳むと、ごそごそとベッドへと入っていった。
「その…お腹空いてないかな?と思って、古手川が風呂入っている間にちょっと作ってみたんだ」
そう言うと、リトは小さなお盆に乗った料理を唯の目の前まで持ってくる。
リトが作ったのは、カボチャのリゾットとレモネードだった。ひんやりとした室内に広がる、食欲を刺激する匂い。
唯は思わず驚嘆の声を上げる。
「こ、これ…結城くんが作ったの?」
「え、あ、いや…俺もお粥なら経験あるんだけど、リゾットの方は作るの初めてなんだ。居間に置いてあったレシピを見ながら、勝手に冷蔵庫の中の物を使わせてもらって、その…余計なお世話だったかな…?」
しどろもどろしながら説明するリトに対し、唯は首を振って答える。
「ううん、そんなことない!結城くん、料理も出来るだなんて凄いわ。その…ちょっと妬けちゃうかも…///」
「そ、そうか」
鈍感なリトは悲しいことに、唯の妬ける対象を理解できなかったものの、褒められた嬉しさを露わにしながら身を乗り出す。
「じゃあさ古手川、食べてくれよ。口開けて」
「へ!?///」
目の前に差し出されたスプーンに唯は一瞬戸惑うも、リトの言葉の意味に気が付き顔を真っ赤にさせる。
「こ、子供扱いしないで!自分で食べられるわよ!///」
「そ、そういう意味で言ったんじゃないって。俺が、その…古手川に食べさせたいんだ…」
「え!?そ、そんな…え、ええと…///」
必死に食い下がるリト。その目は真剣そのものだった。
しばしの沈黙。やがて唯は観念したかのように目を閉じると、リトに向けて口を突き出す。
「古手川…?」
「し、仕方ないわね…ちゃんと食べてあげるけど、こんなことは…もうこれっきりなんだからね!///」
唯のその言葉に満面の笑顔を見せると、リトはリゾットをスプーンで掬って唯の口元へと運ぶ。
「はい古手川、あーんして」
「っ…///」

唯は恥ずかしさに眉根を寄せながら、小さな口でスプーンを受けるとゆっくりと咀嚼する。
その仕草に、リトは期待と不安に満ちた眼差しを向ける。
「ど、どう…?」
「うーん…」
何かを考えるようにしながら味わっていた唯だが、やがて咽下すると唇を指でなぞるようにしながら感想を述べる。
「ちょっと、味が濃いかしら…」
「マ、マジで?ごめん!バターと塩の分量間違えたかな…」
そう言いながらリトは面目無さそうに頭をかく。
そんなリトを見た唯は大袈裟に手を振ると、慌てるようにしながらフォローを入れる。
「で、でも美味しいわよ!口の中でとろけるみたいになって、後味も悪くないし、さっきまで私あんまり食欲無かったんだけれど全部食べれそう!本当よ!///」
自分の感想がリトの気に障ったのだと思ったのか、唯は一気にまくし立てると、また口先をリトへと突き出す。
「古手川…」
リトは感動を覚えた。別に大したことはない。古手川に、ただ少しのお礼がしたかっただけなんだ。
そう自分に言い聞かせても、自然と笑みがこぼれそうになるのだった。
「じゃあさ、これも飲んでみてくれよ」
リトは唯の手に、レモネードが入ったコップを持たせる。輪切りにされたレモンがゆったりと浸かっており、唯はそれをスプーンでかき混ぜる。
喉が渇いていたのか、こくこくと美味しそうに喉を鳴らすと一気に飲み干していった。
「冷たくて美味しい…」
「本当は暖かくするもんなんだけどさ、お風呂上がりなら冷たい方が良いかなって思って。古手川、一杯汗かいちゃってたし」
リトの、一つ一つの細やかな心遣いが、唯の心を擽っていく。
「あの、私だけ食べているのも気が引けるし、結城くんも一緒に食べましょ?」
「そうか?わかった。じゃあ、俺の分もここに持ってくるからな」
ベッド脇から立ち上がったリトは、そのままとてとてと台所へと向かっていった。
その後ろ姿を見つめながら、唯は溢れる自分の気持ちを抑えるかのように、枕元のぬいぐるみをぎゅっと胸に抱きしめた。

「古手川、洗い物終わったよ」
「うん、ありがとう」

「古手川、洗濯物取り込んだよ」
「う、うん、ありがとう」

「古手川、ゴミ捨て終わったよ」
「う、うん…ありがとう…」

「古手川、これ体拭くお湯とタオルね」
「あ、ありがとう…///」

「古手川、じゃあ俺帰るから」
「へ!?///」

唯の家に来てから早4時間あまり。やるだけのことはやったと満足して帰ろうとするリトの言葉に、唯は慌てふためく。
「も、もっとゆっくりしていっても良いのに…」
「ゆっくりって…お前、それ病人が言う台詞じゃ無いだろ」
リトの言う通りなのだが、唯の心の奥で、リトをこのまま引き留めたいという想いがくすぶっていた。
「それに古手川、家に帰ってから全然眠ってないじゃん」
「そ、それは…そうだけど…」
唯は毛布の端を握りしめると、そのまま引き寄せて顔を埋めていく。
「俺のせいでゴタゴタさせて悪かったな。明日は日曜日だし、もう今日はゆっくり休めって」
「う、うん…」
(せっかく結城くんに家に来てもらったのに、看病と家事だけ押しつけて帰らせるだなんて…)
唯は唇をキュッと噛むと上目遣いにリトを見上げる。
そんな唯の視線にも気が付かないリトは、せっせと帰り支度を始めていた。
「えーっと鞄は持ったし、財布…ケータイ…」
と、そのとき、窓をポツポツと叩く静かな音が部屋に届き、二人は思わず顔を見合わせた。
「え、まさか…」
「雨、かしら…?」
リトは窓辺にかかるカーテンを開けると、外の風景を覗き見る。
突然降り出した雨に、街灯の下を通勤帰りの大人たちが小走りに去っていく姿が見受けられた。
「また雨かよ、こりゃ本降りになる前に早く帰らないと!」
リトはカーテンを閉め、くるりと振り返るとベッド脇に座る。
「じゃあな古手川、お大事に。しっかり眠って早く風邪治せよ」
リトの別れの挨拶にも、唯は俯いたまま答えない。
憮然とした表情。
リトはその心を窺うことが出来なかったが、やがて諦めたように唯の髪をかき回すと「じゃあな」と短く告げ、背を向けて立ち上がる……が、くっとその体が突然止まる。
「行かないで…」
「古手川…」
唯が、リトの制服の袖を、その細い指先で懸命に掴んでいたのだった。
「私を、一人にしないで…」
背中越しに、唯の懇願にも似た声が聞こえてくる。
「お願い、結城くん…」
それが今の唯に出来る、精一杯の抵抗であり、我が儘であり、望みであった。
その切実な願いに、リトの心は鷲掴みにされる。
リトは自分の手をそっと唯の指先に触れる。握り返してくる唯の暖かい手。
こんなにも冷えきった部屋に、誰も居ない家に、たった一人で過ごさねばならない寂しい夜。
そんな孤独を、リトは、この少女に味わわせたくはなかった。
リトは唯に向き直ると、決心したかのように口を開く。
「わかった…今夜は俺、ずっと古手川の傍に居るから」
「ゆ、結城くん…///」
唯は心の底からありがとうを込めて、リトの腰に抱きついた。

「ごめんなさい。お兄ちゃんの服、結城くんには大きかったかしら?」
風呂上がりのリトに対し、唯は遊のシャツを差し出した。
「いや、まぁちょっと大きいけど、ゆったりしてて寝るのには丁度いいよ」
「そう、なら良かったわ」
にっこりと微笑む唯。
ふとリトは、今まで思っていた感情をぶつける。
「古手川って、最近変わったよな」
「へ!?///」
思いがけないリトの言葉に、唯は面食らった顔をする。
「なんていうかこう、会ったばかりの頃に比べて柔らかくなったっていうか…」
「な、な、な…///」
口を震えさせるも二の句が継げない唯に対し、リトは更に駄目押しの文句を繋げた。
「だから俺、今の古手川のこと…なんていうかその…素敵だと思うぜ…?」
唯の心はもう、爆発寸前であった。
そんな唯の気持ちを知ってか知らずか、照れくさそうに頬をポリポリとかきながら、リトは就寝の体勢に入った。
唯が用意してくれた布団をせっせと床に敷くと、そそくさと入り込み、ふぅっと息をつける。

「じゃあ寝ようぜ古手川。電気消してくれ」
「………」
「古手川?」
「な、なによ…」
「何で電気消さないんだ?」
「そ、それは…///」
「お前まさか、いつも電気付けっぱなしのまま寝てるのか?」
「…っ!?///」

どうやら当たったらしい。
リトはクスクスと笑うと、それ以上は追求しないようにして、ばさっと毛布を被った。

 

どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
静寂を破ったのは唯だった。
「結城くん、起きてる?」
「ああ…」
(っていうか、明るくて寝れないんだけど)
という言葉を飲み込んで、リトは答える。
「あの…あのね…そ、その…///」
「ん?」
何か言い何か言いたげな唯であったが、なかなかその口からは本題が出てこない。
唯の、ただならない様子に何かを感じ取ったのか、リトは布団から這い出て面目無さそうに謝った。
「ああ、悪いな。俺が居ると眠れないよな。やっぱり俺、廊下で寝るよ」
「ち、違う!そうじゃないの!///」
唯はガバッと布団を跳ね除けて起きあがると、上目遣いにリトを見つめる。
「そ、その…い、一緒に寝てくれない?///」
「……………は?」
唯からの提案がリトの脳内に正確に届くまで、きっかり5秒間は要した。
「だ、だから!私と一緒にベッドで寝て欲しいって言ってるのよ!///」
耳まで真っ赤にさせながら、唯は喚き散らすようにしてリトに言い放つ。
「で、でもね?隙間は5センチくらい空けて…あ、あとハレンチなことは絶対にしないでよね!///」
無理難題な唯の注目に、リトは最初こそ固まっていたものの、やがて頬を引き締め直すと、その瞳を見据えてしっかりと頷いた。

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