唯とリト 第1話 前編
「それじゃあ……いくよ!!」
「ええ……」
リトのいつにもまして真剣な目に唯は吸い込まれそうになってしまう
(あァ…私…私……)
胸においた手から激しい鼓動が伝わってくる
ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ
両肩に置かれたリトの手に導かれる様に、唯の体はリトに引き寄せられる
「唯…」
「あっ////」
互いの息が掛かる距離まで二人は縮まり、その唇がふれる瞬間――――
「やっ…」
「え?」
「やっぱりハレンチすぎるわこんなことッ!!」
リトの体は後ろに吹っ飛んだ
「あははははっ」
「笑いごとじゃねーよ……」
うなだれるリトの横を笑いながらララが並んで歩く
「だってリトこれで何回目なの?」
リトは頭の中で過去の唯との成績を思う浮かべその惨々な結果に溜め息をもらす
古手川唯とリトが付き合って数週間、二人の間はまったく進歩がなかった
だけどリトだって男だ、これまで唯にアプローチしようと色々やってきた
体の関係なんて絶対無理。だからせめてキスぐらいはとがんばってみたはものの……
一緒にいる時ぐらいは大丈夫だろうと手を握ろうとしては叩かれ、抓られ、怒られること数知れず
「リトも大変だねェ~」
にこにこ顔で楽しそうにしているララをリトは横目で睨みつける
「おまえなー人事だと思って……」
夕方の帰り道、なんだかんだと楽しそうに歩いている二人を見つめる者がいた
電柱の影に隠れて唯は校門からずっと二人の後を付けていたのだ
「ララ=サタリン=デビルーク…」
結城くんの家の同居人にして、宇宙人なんてとんでも設定の子
しかもスカートをあんなに短くして!!
ララの見えそうな丈のスカートに唯の目がきびしくなってくる
「ゆ、結城くんの同居人だっていうから大目に見てきたけれど…」
隣を歩くリトの楽しそうな顔を見ると、むかむかしてくる
リトの腕にべたべたと腕を絡めてくるララに唯の顔付きが変わる
「結城くんに限って大丈夫だと思うけど……」
リトの唯への思い、唯のリトへの思い
これはまちがいなく確かなものだと唯自身もわかっていた。
わかってはいるのだが……実際リトの周りにはカワイイ女の子が多いのも事実
同じクラスの西連寺さんに、違うクラスのルンって子、それに3年の天条院センパイも怪しいそして―――
「ララさん!同居人だっていうけどちょっと仲がよすぎない?」
唯の中のもやもやはつのるばかり
唯は気付かれないように二人の後をそっと付けていく
ぐぅ~~ぐぅ~~~
「やだっ!こんな時に////」
夕方も廻った7時過ぎ、結城家の夕食の団欒を窓から見ていた唯のお腹がなってしまう
「ん~~だけどお腹空いたし…」
唯は物陰の大きな植物の影に隠れるとかばんの中から用意していたお菓子の数々を取り出す
「それにしても…なんなのこの大きな植物」
カロリー○イトを口に咥えながら唯は見上げるほどの大きな植物を見て呟く
「こんなの見たことないわ…まさかこれも宇宙の…?」
その時、植物に気をとられていた唯の後ろからガサゴソと音がなった
植木の陰から現れたそれは唯に飛び掛るとそのまま押し倒し口を封じようとする
「キャ…な、なんなの!?結んんッ…むぅぅ!!」
口を塞がれながらも唯は自分を襲った者を確かめようと、暗がりの中懸命に目を凝らす
雲の間から月の光がその者を照らし出すと唯の目が大きく見開かれる
(ウソ!?…結城くんじゃ…ない…)
月明かりが照らし出したその男は全身黒尽くめの服装に、頭には顔をすっぽり覆うほどの黒の穴あき帽子を着けていた
(こ、この人もしかして!?)
「ああそうだよ!この家ガキしかいねえじゃねえか。俺達みたいな連中にとっちゃあ
絶好のターゲットになるんだぜ!!」
(た、大変だわ!早く結城くんに知らせないと!!)
唯は体を動かそうとするがびくともしない。それに男は下卑た笑みで応える
「まあ見つかったとあっちゃあ…お前もただでは済まないってわかるよな?」
男の自分を品定めするかの様な目つきに、唯の背中に怖気が走る
「へへへ、あんた彩南高の生徒だろ?あそこはなかなかカワイイ子が多いからな
俺も前々から狙ってたんだが…」
唯の体がびくっと震える、男の手が制服に伸びスカートに伸ばされる
「こんなところで会えるとはな、しかもかなりの美人ときた!待ってろよ今から俺が男を教えてやるよ!」
屈強な男の力の前では唯の力なんてないに等しい
逃げたくても逃げれない、助けを呼びたくても呼べない
恐怖が唯を包み目から涙を溢れさす
「あんたみたいなきつめな感じの子が涙を流すなんてそそるな~」
顔にかかる男の荒い息、無遠慮に触られる太もも
(結城くんにも触られたことないのに…こんな…)
リトの顔が声が浮かんでくる
結城くん…結城くん助けて!…助けて!!
「へへ、それじゃあ女子高生のあそこを見てみるとするか」
男の手が唯のスカートの中にもぐりこみ下着に伸ばされた、その時
「グェェェェっっ」
聞いたこともない様な奇声があたりにこだまする
それはシュルシュルと鞭の様な蔦を伸ばすと男の手を足を絡めとる
「へ?」
男の間抜けな声といっしょに男を天高くまで放り投げてしまった
それをぼーぜんと見上げる唯の前に断末魔と共に10mの高さから落とされた男の哀れな姿が降ってくる
「いったいなんなの……?」
乱れた服を整える唯の呟きと異変に気付いた結城家の面々が庭に飛び出してきたのは同時だった
「お前いったいなに考えてんだよっ!!!」
唯から事の顛末を聞き終えたリトの怒鳴り声が家に響き渡る
「モルボルが助けてくれたからよかったけど、お前あのままだと…ああもうくそっ!!」
擦り傷が出来ていた唯は美柑から手当てをされながらだまってリトの話を聞いていた
その顔は後悔、自責の念、悲しみ、そして恐怖が色濃く刻まれている
そんな唯の顔を見ていると怒っていいのか慰めていいのかリトはわからなくなってしまう
「とにかくだな、お前…」
「リト~~!唯大丈夫になった?」
扉を開けて元気に声を掛けるのは警察への連絡や事後処理を色々やってくれたララだ
そんなララへみんなの視線が集まる
「あれ?どうしたのみんな?」
「…ララさんちょっと!」
気を使った美柑に無理矢理部屋から連れ出されるララ
部屋にはリトと唯だけが残される
「…まぁその…ホントに平気そうでよかったよ…」
「…うん…」
「……」
「……」
沈黙が続く。リトは唯にどうしていいのかわからなかった
今までの唯との経験上抱きしめてもいいのか、怒っていいのか、ただそばにいてやるだけでいいのか
リトはどうしていいのかわからないもどかしさと唯に何もしてやれない悔しさでいっぱいだった。その手が赤くなるほど強く握り締められる
「ごめん…オレ下に下りてるから」
リトの背中越しに閉じられる扉の音が胸に響く
(はァ~…結城くん怒ってる…)
自分がしたことを考えると当然だと感じた。そして心のどこかでリトを信じれなかった
罰があたった。
擦り傷ができた手を擦りながら唯はリトがもたれていた壁をじっと見つめる
(私結城くんにどうしてほしいの?……したいことされたいこと沢山あるのに…)
二人きりの時は手をつなぎたいし、デートだって買い物にだってたくさん行きたい
今日だって本当だったら抱きしめてほしいし、頭を撫でながら「唯大丈夫か?」って言ってほしい
――――それに…それに結城くんが望むなら私…なんでも……
そこまで考えると唯の顔は真っ赤に染まる
(そんなのダメ!ダメよ唯!!ハレンチすぎるわ////)
唯は膝を抱えると自分の体を抱きしめる様にギュッと小さくなる
――――だけど…だけど私…私だって……
と、そこで扉をノックする音に唯は顔をあげる
ガチャリとドアを開けて入ってきたのは美柑だった。手にはトレイを持っている
「唯さん大丈夫?これ簡単なものだけど…お腹空いてるんじゃないかと思って」
トレイの上にはおにぎりと、みそ汁そして肉と野菜の炒め物が乗っている
そのおいいそうな匂いに唯のお腹もぐぅ~っとなりだす
「あ、ありがとう////」
よほどお腹が空いていたのか唯はパクパクと料理を口に運んでいく
「おいしい…すごくおいしい!!」
味に感心しきりの唯をニコニコしながら見ている美柑
「でしょ?作ってる人の腕がいいから!」
微笑む美柑をじっと見つめ返す唯
(すごい!こんなに小さいのに…私こんなことできない……)
「えっと、ところでリトのヤツから伝言があるんだけど。唯さんこれからどうするの?」
「えっ?…これから?」
全然考えていなかった。唯はどうするのか考え込む
「…えっとリトが『よかったら今日うちに泊まっていけ』だってさ。ほらもう遅いし」
時刻はもう10時近くになっていた
「え?と、泊まる?ここに?」
「ソ!で部屋はオレの部屋使えだってさ」
「で、でもそれだと私結城くんと、そのいっしょの…」
「ああ、リトはどうせリビングででも寝るから心配しないで。とりあえずそれ食べたら先にお風呂入っちゃって」
それだけ言うと美柑は一階に降りていった
「と、泊まるってそんなこと…」
付き合ってるといっても彼氏の家に泊まるなんて唯の中ではありえなかった
「どうしたらいいの……だけどもう遅いしそれに…」
唯の脳裏にさっきの光景がよみがえる
ギュッと目をつむり頭の光景を追い出そうとする
(大丈夫、大丈夫よ唯、きっと結城くんが守ってくれるわ)
唯は落ち着くまでリトの顔を思い浮かべていた
結局落ち着きを取り戻した唯はリトのうちに泊まることにした
「今日はしょうがないわ。だってこれは仕方がないことなの!」
脱衣所で服を脱ぎながら唯は誰に言っているのかぶつぶつ言い訳を繰り返していた
「それになにも結城くんと一緒に寝るわけじゃないし!そうよ…結城くんのベッドを使わせてもらうだけよ!ベッドを…結城の使っているベッド……」
「あれ誰か入ってる?…あっ唯!」
「ラ、ララさんっ!?////」
ノックもなしに扉を開けたララに、唯は慌てて制服で体を隠す
「ちょ、ちょっと!あなた入ってくる時はノックぐらいしないとダメじゃない!!」
「ごめんね唯。それよりさ唯が入るんなら私も入る」
唯の返事も待たずにペケの機能を解除したララは、唯の手を引っ張って風呂場に連れて行く
「ほら唯も早く!早く!」
「ちょっと私は…」
唯は湯船に浸かりながら溜め息を吐く
(まったくどうしてこんなことになるのよ!)
「ん?なにか言った唯?」
ララの言葉にも顔をふいっとそむける唯。そんな唯の腕を取るとララは湯船から出ようとする
「ちょっとなんなの!?」
「唯体の洗いっこしようよ」
「な!そ、そんなのイヤよ自分でするわ////」
「いいからいいから」
ララは唯を鏡の前に座らせると背中にまわってタオルにボディーソープをつけ始める
「じゃあ最初は私が洗う番」
(結局こうなるのね……)
鏡に映る自分を見ながら唯は憂鬱な顔をする
(私は今日なにしてるの……)
唯の背中をゴシゴシと泡だらけにしていくララ
(結城くんを怒らせて、妹さんには気を遣わせて、ララさんには今こうして……ッ!?///)
唯は異変に気付き自分の体を見下ろす
「あれ?唯って胸おっきいんだね!ぷにゅぷにゅしててやわらかァい」
いつの間にか背中を洗い終えたララは、手を前に回し唯の胸を触っていた
「な、な、な、なにやってるのよあなたはーーーーッ!!?///」
風呂場に唯の叫び声が響き渡る
「え!?だって唯の胸すごくやわらかいんだもん」
「だ、だからってあなた…ちょ、ちょっとやめッ!///」
ララは唯の胸の感触が気に入ったのか両手に泡をつけて揉んでいく
「ちょっとやめなさっ!…あァダメ、ララさんお願いだから…んッ///」
「あはは、唯嫌がってるわりには先っちょ硬くなってきてるよ?」
「ちが、違うのこれは…とにかくもうやめてっ!////」
胸を押さえて椅子から立ち上がる唯を残念そうに見つめるララ
「こ、こんなハレンチなこと…////」
「え~でもリトは唯の胸いっぱい触ってるんでしょ?私も触りたいよ~」
「ゆ、結城くんはこんなハレンチなことしないわ!!」
唯の言葉にララはきょとんとする
「え?ウソ!?だってリトすごくエッチだよ」
「そんなはずはないわ!結城くんはその…エッ…は、はしたないことなんてしないわ!!」
「そうかな~だってリトの部屋エッチな本とかビデオとかいっぱいあるよ」
ララの言葉に今度は唯がきょとんとなる
「一人でごそごそ見てたり、夜中にはぁはぁしてたり、あと……」
ララの言葉一つ一つに頭がクラクラしてくる。唯は頭を抱えて椅子に座り込んでしまう
(そんな…結城くんがそんなこと……だってだって私の前じゃ…)
「ねえ唯大丈夫?」
心配そうに唯を見つめるララ
「唯ってホントにリトと何もないんだね」
「あたりまえよそんなこと!そんなハレンチなこと高校生がするなんてダメに決まってるじゃないっ!!」
唯の言葉にララは少し考え込む
「ん~でもそれだとリトは唯になにもできないの?唯にしたいこととか、唯にしてほしいこととかきっといっぱいあると思うのに。
リト唯になにをしたらいいのかわからなくなっちゃうよ?」
さっきの事を思い出す
本当は結城くんに抱きしめられたかったこと、頭を撫でてほしかったこと
リトのつらそうな顔が甦る
――――私……私は……
――――私だって本当は結城くんと…色々したい…だけど…だけど…
「だけど…そんなハレンチはこと私は許せないわ!」
ララは少し考え込むといきなり唯に後ろから抱き着いた
「ちょ、ちょっとあなたなにするのよ!?」
「ねえ唯もっと自分の気持ちに素直になろうよ」
「ええっ?」
「私風紀のこととかよくわかんないけどそれって、リトよりも大事なことなの?」
「それは……」
「自分の気持ちよりも大切なものなの?」
唯は言葉をつまらせる、ララの一言一言に胸の中心がチクリと痛む
――――そんなこと比べられるわけないじゃない
「唯?」
俯いたままなにも話さない唯にララが心配して顔を覗き込む
――――だって、だって
唯はララの腕を振りほどくと立ち上がってララを見下ろす
「あなたに関係ないでしょう?…私のことは私が一番よくわかってるもの!!あなたに心配されることなんてなにもないわよっ!!」
唯はララに顔を背けるとそのまま背を向けて風呂場から出て行った
唯が部屋に入ろうと扉を開けると、部屋に戻ってマンガを読んでいたリトと目が合う
すぐに目をそらすリトの態度が唯の胸を締め付ける
唯は床に置いてある丸いクッションに座るとリトの顔を横目でちらちら盗み見る
さっきの風呂場での出来事が、唯の胸にどんどん不安を広げる
『なあそろそろキスぐらいしてもいいだろ?』
『なっ!そんなにダメに決まってるじゃない!そういう考えが風紀の乱れにつながるの』
『唯、ケータイでおまえの写メ撮らせてくれよ』
『コラっ!学校に不必要な物を持ってきちゃいけません!』
――――結城くん……
『あのさ…手繋がないか?』
『えっ!?そ、そんなこと……できるわけ…』
『やっぱ無理だよなァ…そのごめんな唯…』
――――私本当にこのままでいいの……
『ん~でもそれだとリトは唯になにもできないの?唯にしたいこととか、唯にしてほしいこととかきっといっぱいあると思うのに。リト唯になにをしたらいいのかわからなくなっちゃうよ?』
――――結城くんが望むなら私がんばって……
そこまで考えて唯は自分の考えに頭を振って否定する
(ダメよ唯!そんなこと考えちゃ!私はなにも間違ってはいないわ)
一人悩み考え込む唯の姿にリトは目を向ける
「なあ唯、その…ケガはもう平気なのかよ?」
思いがけないリトの言葉に唯は伏せていた顔を上げ目を丸くさせる
「え、ええ…もう平気!妹さんがちゃんとしてくれたから」
手を擦りながら応える唯の手の甲には擦り傷ができていた
白い肌に滲む赤い傷跡がよりいっそう傷を痛く見せる
「その…ごめんな唯!オレおまえが危ない時に何もできなくてさ」
「えっ!?結城…くん?」
「オレ唯に何もしてやれないししてこなかったし…おまえが不安になるのも無理ねェって思った。怖くて泣いてる唯を見てもどうしていいのかわかんなくて…オレ情けないよな」
――――違うのに!そうじゃないのに…
そう思ってもリトになにも言えない自分がもどかしい
「好きって気持ちだけじゃダメだってわかってんのに…。それだけじゃ足りねえのに、オレ何やってんだよ」
ゴンッとリトが床を殴りつける音が唯の胸にも響き握り締めた手にも力が入る
「くやしくて、どうしていいのかわかんなくて、唯にどんな顔向けていいのかわかんなくてそれでオレ…ごめんな唯」
「・・・・・ッ!!」
「オレ唯のことすげー大事に思ってる!それにずっと一緒にいれたらなって……
だからオレ…そのアア!何言いたいのかわかんなくなってきた!つまりオレは…ってあれ?唯?」
リトは慌てて唯のそばまで駆け寄る
「おまえ…どうしたんだよ?オレなにか気に障るようなこと言ったのか?」
唯は無言で首をふりふりと横に振って否定する
「じゃあなんで泣いてるんだよ?」
リトの言葉に安心した?不安になった?うれしかった?悲しかった?
自分でもわからない気持ちが後から後から溢れてきて、唯の目から涙がぽろぽろこぼれる
「ちょ、ちょっと待て唯!おまえ泣きすぎだ…えっとティッシュ…ティッシュは?」
女の子の涙を始めて間近で見たせいで
それも普段絶対に弱気なところを見せない唯の涙、リトの頭はパニックになる
唯はそんなおろおろとするリトの手を取るとキュッと握り締める
「ええッ!!?」
その手を自分の頬に当てる唯にリトの頭はパニックを超えて沸騰しそうになってしまう
「ゆ、唯?え、えっと…おまえオレの手今…」
「…いいの!こうしていたい」
「ほ、ホントにいい…のか?」
リトの手を頬に寄せる唯は相変わらず涙をこぼしていたが、その顔は落ち着きを取り戻していた
その様子にリトはなにも言わず唯の頬をそのまま両手で包み込むようにして撫でる
――――あったかい結城くんの手それに…やさしい匂いがする
唯は目を閉じるとその手をリトの手と合わせるように握り締める
――――こんな、こんな近くに結城くんがいるのに私何してるんだろ……
『ねえ唯もっと自分の気持ちに素直になろうよ』
ララの言葉が浮かぶ。その言葉に唯はクスっと笑ってしまう
(とりあえずお礼は言っておかなきゃね…)
そんな唯の様子にリトは一人困惑している
「なあ…ホントに大丈夫なのかよ?」
「本当に平気よ!それに…それにあなたが私を守ってくれるんでしょ?」
涙を目にためながら見つめる唯にリトは力強く頷いた
それからしばらく二人は隣通しに座りながらぼ~っとしていた
ただその手はギュッと握り締められたままで
「…あのさ…そのこれからもこうやって手繋ぎたいんだけどダメかな?」
しどろもどろに言うリトに唯は顔を背けながら返す
「別に…いいわよ。だけど…二人きりの時だけだからね∕∕∕∕」
「ホントか!!?」
身を乗り出して聞き返すリトに唯の顔が赤くなる
「だ、だからといって調子にのったりしないで!手だけだからね!」
「それでも全然うれしいよ!ありがとー唯!!」
そう言いながら思わず唯に抱きついてしまったリトの体がとまってしまう
「ちょ、ちょっとドサクサになにしてんの!?∕∕∕∕」
「あッ!?」
「あ、あなたねえ…さっき言ったばかりじゃない!」
腕を振り上げた唯と、思わず目をつぶりそうになるリトの二人の体がふいに止まる
目いっぱに映るお互いの顔と鼻にかかる甘い吐息
数センチしか離れていない至近距離で見つめあうリトと唯
どちらかの喉がゴクリと鳴る
「なあ…キスしてもいいか?∕∕∕∕」
唯は答えることができず唇を噛締める
リトはその身をさらに唯に寄せると、唯の細い腰に手を回して体を引き寄せる
唯は思わず抗議の声を出そうとリトの胸に手を置いてしまう
「イヤならこのまま突き飛ばしてもいいんだぞ?」
答えることのできない唯は体を硬くする。リトの手に唯のぬくもりと小さな震えが伝わってくる
「唯?」
リトのやさしい声、いつもと変わらない匂いが唯を包んでいく
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
お互いの鼓動が聞こえ伝わってくる
「…結城くん、私…こんな私でも本当にいいの?」
不安そうな顔を向ける唯にリトは笑いかける
「なに言ってんだよ!そりゃあ色々きびしいし融通が利かないところもあるけどな」
リトの言葉に唯はムッとしてしまう
「けど、けどオレ唯が好きだ!怒ったところも笑ってるところも、拗ねてるところも
照れてるところもみんなみんな大事で大好きだ!」
リトの顔を見てるだけで心がくすぐられる
体の芯からあったかくなる
唯はそんな自分にクスリと笑う、それはリトにとったら極上の笑顔であり、リトの心の全てを鷲掴むには十分すぎた
リトの手に力が入る
――――結城くん、私あなたで良かった。結城くんを好きになって本当に良かった
「結城くん、好きよ大好き」
それはリトには聞こえない唯だけの呟き
長くて短い、甘くてとろけるような時間が二人を包んでいく
その感触に唯はそっと目を閉じて愛しい人を待つ
お互いの気持ちをのせて二人は始めてのキスを交わす
授業も終わり、人気のない放課後の教室で唯は一人黒板をきれいに拭いていた
委員長選挙で敗れたとはいえ唯の風紀への考えは何一つとして変わらなかった
唯曰く
『委員長だとかそうじゃないとか関係なく、気づいた人がどんどん風紀活動をするべきだわ!そうじゃないとこの学校の秩序が守れなくなるし―――……』
頭の痛くなる唯の力説を頭の中から追い出すと、リトは教室の後ろの壁にもたれながら何回目かになる欠伸を噛殺していた
(ダルい……みんなとっくに帰ったっていうのにオレ達は教室でなにやってんだ?)
けれどそんな気持ちとは裏腹に今も一生懸命黒板を拭いている唯を見ていると自然と笑みがこぼれてくる
リトと唯二人の出会いは最悪といっても過言ではなかった。ララのせいで唯には変な誤解を与えるし、おかしな発明のせいでボコられ散々だった
けれど今となってはいい思い出?だった。少なくともリトの中では
リトが思い出に浸っていると唯が黒板の上の淵を拭こうと一所懸命腕を伸ばしていた
身長が平均的な唯にとって黒板の上の方は届きにくく、いつも困っていた
「ほら、雑巾貸してみろよ」
だからいつも最後はリトの役目になっていた
「ありがとう」
なんだかんだで付き合ってから色々あった二人の距離はずっと縮まり、唯も素直にリトへ自分の気持ちを言うようになってきていた
そんな微妙な距離が心地いいのかリトは二人きりになれるこの時間帯が好きになっていた
「……よし終わったぜ!こんなもんでいいだろ?」
唯は一通り黒板を見回すと満足げに頷きリトの手から雑巾を取ろうと手を伸ばす
リトはその手を逆に掴み返すと唯の体を自分に引き寄せる
「ちょ、ちょっと!なんなの?」
「唯、ご褒美は?」
リトは少しいじわるく笑うと顔を近づける
「ご褒美っていったいどういうつも…んんっ!∕∕∕∕」
リトの熱い抱擁とキス。誰もいない教室の中で二人の影は一つになっていく
唯にとってキスはいまだに抵抗があった、まして人がいないといっても学校の中
嫌でも頭の中にいつものハレンチなっと風紀の乱れという言葉が横切る
(だけど…だけど私結城くんのキスに勝てないな……)
リトとのキス、甘い時間とぬくもりにこの時ばかりは唯も一人の女の子になってしまう
目を閉じてもわかるリトの顔と息遣い。唯の胸はどんどん高鳴っていく
リトは一度唯から離れると息を整える。間近にある好きな人の顔に二人の頬も自然と赤くなっていく
なにも言わずに照れている唯を見ているとリトの中の理性が動き出す
リトは唯の腰に手を回すとぐいっと引き寄せ体を密着させる
制服越しに伝わる唯のやわらかい胸の感触があったかい体温がリトの男の部分を刺激する
リトは再び唇を重ねる。今度はさっきよりも激しくさらにもう一歩進めて
「ん、んんッ…うん!」
口の中に進入してくる異変に気づくと唯はどんっとリトを突き飛ばした
荒い息を吐いてむっと睨み付ける唯
初めてのキスから2週間あまり、それから二人は何度もキスを重ねてきた
だけど日に日にエスカレートしていくリトの行動に唯は少し困惑していた
リトのしたいこと考えていること、教科書程度の知識しかない唯でも本能的にわかってしまうこと、つまり大人の関係になりたい
唯だって女の子だ、そりゃ好きな人から求められたり思ってくれたりされるとうれしい
リトと手を繋ぎキスをするだけで幸せに包まれる、だからそれ以上のことを求めるのは唯にだってすごくわかる、わかるのだが……
「……私帰るわ」
くるりと背を向けて帰り支度を始める唯の後を、ばつが悪そうにリトが追いかける
並んで歩く二人は無言。リトもさすがに言葉が出てこない
居心地の悪そうなリトの手に唯は何も言わずにそっと手を伸ばす
絡み合う指と手が二人の中心でギュッと重なり合う
唯なりの「さっきはごめんね」の気持ちなのか唯はリトから赤くなっている顔を隠す様にそっぽを向いていた
そんな唯にリトはくすくす笑ってしまう。唯の顔はますます赤くなっていた