唯とリト 第四話まったくダメなクリスマス 前編
「え!?それじゃ…」
「べ、別にいい…わよ。予定もないし」
とたんにリトの顔に満面の笑みがこぼれる。リトはうれしさのあまり思わず唯に抱きついてしまった
「な!?ちょ、ちょっと結城くん?な、なにやって…」
「ありがとな唯!オレすげーうれしいよ!」
溢れんばかりに自分の気持ちを表すリトに、唯の心もくすぐられる
「わ、わかったから!いい加減に…離れ…ってもう…////」
顔を赤くして文句を言いながらも、リトが離れるまでその場から動こうとはしない唯だった
そしてクリスマス当日の朝
鏡の前で服のチェックをしていた唯は、自分の顔がいつもとは違ってニヤけていることに気付き
慌てて姿勢を正す
「な、なにニヤニヤしてるのよ私は!別に今日はクリスマスなだけでいつもとなにも変わらないじゃない!」
そうクリスマス
世界中の恋人や家族が夢にまで見る一夜限りの特別な日
街も人も誰もが、どこかそわそわしている
唯だって女の子だ。小さい時からクリスマスにはいろいろな思いを馳せてきた
が、現実は毎年いつも家族と過ごすなんでもない一日
だけど今日は今年からは違う。だって……
「結城くんと一緒にクリスマスを……」
トクンと心臓の音が高鳴るのを唯は感じた
クリスマスに好きな人と、世界で一番大切な人と過ごす
「結城くんと一緒に…」
二度三度とリトの名前を呟くにつれ、唯の頬に赤みが増していく
ドキン、ドキンと心臓は高鳴り、頭の中はいろんな想像が飛び交う
『唯』
『な、なによ?』
いつもとは違うリトの雰囲気に唯は、落ち着かなげに体をそわそわさせる
『あの時言っただろ?責任取ってって』
『え!?…え、ええ。言ったわ』
リトの腕がぐいっと唯の体を抱きしめる
『え?あ…ゆ、結城…くん?』
少し驚いたのか体に力が入る唯を、リトは離さない様に腕に力を込める
『動いたら責任取れなくなっちゃうだろ?だからじっとして唯』
近づいてくるリトの顔を唯は真っ赤になりながら見つめ続ける
『好きだよ唯』
間近で聞いたリトの甘い囁きに唯の顔は沸騰しそうなほどに赤く染まる
『え…あ、ちょ…ちょっと待っ』
『これは誓いのキスだよ。オレ達二人の結婚を誓う誓いのキス…』
『結婚…誓いの…キス…』
リトはニッコリ微笑むと唯の唇に自分のを重ねる
何度も重ねてきたキスの中で、今までと違う感覚に唯の体と心がとろけていく
『結城くん……私もあなたと…』
『唯…』
二人は手を握り、指を絡ませ合うと、互いを甘く激しく求め合った
唯はハッと我に返ると鏡の中で頬を赤くしてる自分に肩を震わす
「な、なに考えてるのよ!!これじゃあ結城くんと同じじゃない!ハレンチなッ!」
すっかり夢から覚めてしまった唯だったが、その顔はどこかまんざらでもない様なやわらかいものになっていた
そしてその頃リトは――――
「へ~あんたが唯さんを?意外だネ。がんばったじゃんリト」
「……」
リトは無言。下を向いたまま雑誌を読みふけっている
いつもなら軽く流す美柑の軽口にも微動だにしない
というか実のところ、そんな余裕は今のリトにはなかった
頭に浮かぶ今日のプランを何度も練り直す。なんと言っても今日はクリスマスだ
いつものデートとはワケが違う。やはり特別な日は特別なコトをしたいとリトは思っていた
手に持った雑誌の特集記事を頭に叩き込んだリトは一つ気合を入れると椅子から立ち上がる
「よし!じゃあ行くか」
そんな妙な力が入っているリトの背中を美柑は冷ややかな目で見つめる
「あれ?リト今日出かけちゃうの?」
奥からララが出てきて美柑のそばに駆け寄る
「ん~…あいつ大丈夫なのかな……」
「ん?」
なんだかんだと兄の心配をしている美柑の横顔をララはじっと見つめた
待ち合わせ場所の駅前広場
時間にきびしい唯は待ち合わせ時間のいつも10分前には着ていた
そして今日も
リトはまだ来ていない。おおかた寝過ごしたか、ギリギリに来るんだろう
(来たらまずはお説教ね)
心の中でそう呟いた声はどこか楽しそうだ。いつもとは違う街の雰囲気が、唯を少しだけ変えていた
街はクリスマス一色にそして、通りを歩く人波はカップルが目立つ
唯はその光景をじっと見つめていた
「私だって今年から、ずっと……」
胸がキュッと温かくなる感触に唯の顔もほころぶ
その時
「ゴメン、ちょっとギリギリ……遅れちまった……」
唯は慌てて表情を引き締めるとリトに向き直る
「もう!またあなたはッ。いい加減時間を守らないとダメだってあれほど――」
それから十数分。唯のガミガミ説教はやっと終わった
「ちゃんと反省して!結城くん」
「悪かったってホント!」
「ホントに反省してるのかしら……」
唯の疑うような視線にリトは愛想笑いを浮かべる
「と、とりあえず腹も空いたしどっか店入らないか?」
「……はぁ~。まあちょうどお昼だし、私もお腹空いてきたかな」
唯の反応にホッとしたのかリトは肩から力を抜くと、唯に歩こうと、うながす
「それで、どこに行くの?」
「ああ。この近くにうまいとこあるからそこ行こ」
唯はリトに任せると隣に並んで歩き出す
リトの隣を歩きながら唯は思う
デートの時、一緒に学校から帰る時とは、今日は違う
いつもとは少し違う気持ちが生まれていた
それがなんなのかわからない
わからないけれど、隣を歩くリトの横顔を見ているだけで心が躍るような
こそばゆいようなそんな気持ちになる
唯はすれ違って行くカップルに視線を送る
(私達もあんな感じに見られてるのかな……)
腕を組んだり、イチャイチャしながらなんてムリだけど、それでも――――
「どうしたんだよ?今日のお前なんかいつもと違うぞ?」
いつの間にか自分の方を見ていたリトに唯は、ハッと我に返る
「そ、そんなワケないでしょ!それよりまだ着かないの?」
慌てて話題を変えようとする唯にリトは内心くすっと笑いながらも、もうちょっとだよと目で合図する
唯は気のない返事を返すと、話はこれでお終いとばかりにリトから視線をそらした
(……ッたくこいつは)
リトは白い息を吐くと、黙って唯の手を握り締める
「え!?ちょ、ちょっと!なに…」
「オレと手繋ぐのいや?」
「そ、そんなワケ……」
口ごもる唯の手を少し引っ張る様にリトは歩き出す
「もう!」
リトの態度に少しムッとした唯は、歩くペースを上げるとリトの隣に並ぶ
抗議をしようとちらりとリトの横顔を見た唯は、その表情にそれっきりなにも言えなくなってしまった
唯と手を繋いでいるリトは少し自慢気で、いつもよりもなんだか男の子になっていた
そんなリトに少しぼーっと見とれてしまっていた自分に気付くと唯は、一人顔を赤くさせた
駅前広場からここまで10分ちょっと
早くも唯はドキドキが止まらなくなっていた
ここまでは――――
目的の店にやってきた二人は、店前でただ呆然としていた
「ちょっとどういうコトなの?」
「あれ…?ッかしいなー…」
改装中と書かれた看板の前で頭を掻いてるリトと、それを少し冷たい視線で見つめる唯
「もう…どうするつもり?」
「えっと……と、とりあえず他行こ!この近くにあるからさ」
「まぁいいけど…」
少し苦笑いを浮かべるリトに手を引かれ唯は歩き出した
「いらっしゃいませ~!本日はタイヘン込み合っておりまして!ただいま一時間半待ちとなっておりますが、よろしいですか?」
「え!え……と」
ウエイトレスのお姉さんに笑顔でそう言われたリトは、唯の返事を聞くために向き直る
「どーする唯?」
「……他、探したほうがいいんじゃない?」
「だよな……」
少しガックリと肩を落とすリトに唯の溜め息が聞こえた
そして次の店
「申し訳ありませんが、本日当店は、ご予約のお客様のみとなっております」
「そ、そうですか…」
怖くて唯の顔をまともに見れなくなったリトは黙って次の店へと向かった
「申し訳ありません本日は~」
「ただいまタイヘン込んでおりまして~」
「…またのお越しを心からお待ち申しております」
「ホン……トにゴメン!!」
テーブルに向かい合う形で、椅子に座ったリトは唯に頭を下げた
結局散々歩いた二人は、近くにあったファーストフード店を選んだ
ノドが乾いていたらしくアイスコーヒーを流し込むと唯は、リトの顔をちらりと見る
「別にいいわよ。それにクリスマスだもの、いつもとは勝手が違うコトぐらいわかるわ」
「う…うん。ま、まあな…」
それはすなわち「それぐらいわかってなさい!」というコトなのか?唯は、それっきり黙ってしまった
(はぁ~。オレなにやってんだよ……)
クリスマスの情報誌はたくさん読んだが、結局肝心のコトと応用が利かなかった自分
そして、すっかり機嫌をそこねた唯と、このなんとも言えない雰囲気にリトは溜め息を吐くしかなかった
それでもこの悪い流れをなんとかしよう
リトは必死に話題を探した
「あ、あのさ。これからどっか行きたいトコとかない?唯が行きたいトコあるならそこ行くけど?」
唯はポテトを咥えたまましばらく考え込むと、小さくうなずいた
「じゃ、じゃあコレ食べ終わったらそこ行こっか!」
「じゃあ次は…あっち」
「お…おう」
リトは唯の後ろを歩く形でその後をついていく
二人は今デパートに来ていた
なにか買ってほしい物でもあるのかと事前に財布のチェックを済ませていたリトは、ただ店を回って服や靴を見て回るだけの唯に首を傾げる
店員に気に入ったブーツやコートを見てもらったり、サイズを確かめたりと
そんなに欲しいのなら買えばいいじゃんとリトは心の中で何度も呟いていた
けれどそんな疑問も次第に薄れていった
普段はあまり見ることのない買い物をしてる唯の姿と、少し顔を綻ばせながら試着していく唯にリトもなんだか楽しくなってくる
壁にもたれながら少しニヤけているリトに気付くと唯は、小声で囁く
「ちょっと!なにニヤニヤしてるの?」
「いや、お前も買い物とかするんだなーって思ってさ」
「な…!わ、私だって買い物ぐらいするわよッ!!」
唯の声に周りの客の視線が二人の集まる
「……私が買い物してるのがそんなに珍しいんだ?結城くんは」
「え?そ、そんなつもりで言ったワケじゃ…」
ムッと睨んでくる唯にリトはそれ以上なにも言えずゴメンと謝った
そんなリトに唯はそっぽを向くと、そのまま持っていたカバンを返しに戻って行ってしまった
あれ以来、二人は、気まずさからか口を聞いていなかった
お互い黙ったまま歩き、どこかおかしな空気が二人包んでいる
そんな中、唯は一人何度も何度も聞こえないような小さな溜め息を漏らしていた
あの時、リトが言いたいコトはわかっていた
わかっていたはずなのに口からは違う言葉が出てしまった
どうして――――?
答えはわかっていた。思い描いていたモノとは違う現実がそうさせていた
リトは相変わらずそわそわしている
きっとどうしていいのかわからないのだろう
唯はまた溜め息を吐くと、小さな覚悟を決めた
エスカレーターに足を乗せるとくるりとリトの方を向く唯
「なんだよ?」
「……」
唯は無言。慣れないコトに言葉がうまく出てこない
「唯?」
リトの怪訝な顔がよりいっそう唯から言葉を無くしていく
それでも「今」をなんとかしたいという思いが、唯を動かした
「あ、あの結城くん私は別に…」
「お、おい唯…」
「いいから聞いて!私別に怒ってないし、それに…それに私は結城くんとこうしていられ…」
唯は最後まで言いたいコトを言えなかった
突然体がグラついたかと思うとそのままバランスを崩し、仰向けに倒れていく
「唯ッ!!」
エスカレーターが下まで来ているコトに気付かなかった唯は、足をもつれさせたのだ
視界がぶれる中、必死に自分の名を呼ぶリトに唯は手を伸ばす
「クソッ!」
リトはその手を掴むとぐいっと自分の胸に唯を抱き寄せた
エスカレーターの降り口で抱き合う二人
「大丈夫か?」
「う……うん」
唯はリトの腕の中でなんとか返事をする。まだ体が震えている
「ッたく!エスカレーターを後ろ向きで降りようとするからこうなるんだろ?」
「……だ、だってそれは……それは…」
言葉が続かなかった。言いたいコト、伝えたいコトがあったがそれ以上に
さっき必死な顔で手を伸ばしてくれたリトの姿に心臓がドキドキと高鳴ってしまう
「と、とにかくここじゃアレだからさ……場所変えない?」
「え…?」
唯はリトの胸から顔を出すと周囲を見る。周りにはいつの間にか人だかりができており
抱き合う二人をニヤニヤと見つめていた
「そ、そうね////」
唯はそれだけ言うと、リトに手を引っ張られ足早にそこから去った
「それで!さっきはなに言おうとしたんだよ?」
「もういいの!」
「え?」
「だからもういいのよ!」
一人で納得している唯にリトは眉根を寄せる
「意味がわかんねーよ…」
さっきの一件以来すっかり元に戻った二人の雰囲気に、唯は心の中で微笑んだ
「それより結城くん。私そろそろお腹……空いたんだけど」
「え!?ってもうこんな時間かよ!悪い!じゃあ食べに行こっか」
リトは唯の手を握り締めると目的の場所まで歩き出した
「……す…ごい…」
ぽつりとそうこぼした唯の顔には、驚きとうれしさが滲んでいる
正面には見上げるほどの大きな入口と、両開きのドア。そして、店内にはタキシードを着込んだ案内係
壁は石造りの重厚な造りで、窓ガラスから見える店中には、大きなシャンデリアが飾られている
唯の目はキラキラと輝き、口からはうっとりする様な溜め息がこぼれる
思わず顔をほころばせながら少し離れているリトを振り返った唯の目に、一人しょんぼりと小さくなっているリトの姿が映る
「どうしたの?結城…くん?」
リトはなにも言わず、すっと一軒の店を指差す
「え?」
「……こっちなんだ。その、予約してる店…」
唯はもう一度リトの指差す店を見つめる
そこは本当にこぢんまりとした店だった。カウンターとテーブルも二つほどしかない
家庭用のイタリアンレストラン
さっきまでときめいていた高級フランス料理店は天と地ほどの差がある
「……ゴメン」
しゅんと小さくなるリトに唯は慌てて駆け寄る
「わ、私こそヘンな勘違いして……。えっととにかく入ろ?結城くん」
唯に促され歩き出すリトは、もう一度高級フランス料理店の方を見つめそして、溜め息を吐いた
中は唯が思っていた以上にさらに狭く、高級感の欠片もないむしろ家庭的ともいえる調度品
カウンターの向こうには、夫婦なのか人の良さそうなおじさんとおばさん
クリスマスだというのにリト達の他は、客がなく完全貸切状態だった
メニューを見ながら唯は、ちらちらと何度もリトを見ていた
さっきからあからさまに元気がない
これでは、エスカレーターの一件以来、せっかくのいい雰囲気が台無しだ
唯はなんとかがんばって声を出そうと口を開きかけた、その時
「悪かったな。その…期待に応えられなくてさ」
「そ、そんなコト…そ、それに私は結城くんがいれば……」
いれば……その後の言葉が続かない。不甲斐ない自分に唯は下唇をキュッと噛み締めた
「……次からはお前の期待に応えれるようにがんばるよ」
「う、うん。期待してるわ…」
どこかおかしな雰囲気のまま、それっきりお互いほとんど口を聞かなかった
次々と料理が運ばれてきても、一言二言しか会話が続かない
そして食後のティータイム。二人は相変わらずお茶を口にしてもなにもしゃべらない
しばらくぼーっとした時間だけが流れる中、ふいにリトが椅子から立ち上がった
唯と一瞬目が合うも、すぐに目をそらし、短くトイレとだけ応え奥に消えていくリト
「……うん」
リトのいなくなった椅子を見つめながら唯は溜め息にも似た返事を返す
こんなはずじゃなかったのに……
さっき素直な気持ちをちゃんと伝えていれば……
唯は椅子の下でキュッと手を握り締める
その頃リトは、備え付けの水道の蛇口を捻り、バシャバシャと顔を洗っていた
「クソッ!なにやってんだよオレ……」
本当なら今日はこの店で唯に言いたい言葉があった
伝えたい気持ちがたくさんあった
なのに……
リトは鏡に映る濡れた自分の顔をじっと見つめると、溜め息を吐き一つ気合を入れた
トイレから戻ってきたリトを見るなり唯は、思わず椅子から立ち上がる
「あ、あの結城くん。私…」
「とりあえずココ出よっか。オレ金払ってるから先出てて」
「う、うん」
唯は短くそれだけ言うと、リトの横顔を見ながら店を出た
二人は薄暗い夜の道を歩いていた。心なしか二人の距離は離れている。
お互い言いたいことはあるのに中々言い出すタイミングをつかめないでいた
冷たい冬の風がよりいっそう冷たく感じる
少し後ろから歩いてくるリトを気にしながら、唯は手に持った紙袋を握り締めた
(ちゃんと言わないと……結城くんにちゃんと…)
唯は心の中でそう呟くとくるりとリトに体を向ける
「はいコレ!」
唯は少し顔を赤くしながらリトに持っていた袋を渡す
「……なんだよコレ?」
「いいから受け取って!」
半ば無理やり手渡された袋にリトは困惑する
「お前なあ……ってひょっとしてコレ…クリスマスプレゼントか?」
「うん…」
唯は極力リトの顔を見ないようにうなずく
「おぉ~なあ、コレ開けてもいいかな?」
「す、好きにしたら」
うれしそうなリトとは対照的に唯は少し不安そうな面持ちになっている
誰かにプレゼントを渡す――――唯にとってそれは初めてのコトだったから
「お!これマフラーじゃん!あったかそー」
リトは手にした黒色のマフラーをうれしそうに広げると、そのまま首に巻いた
「どうだ?似合ってる?」
「え、ええ…うん…」
「ん?」
唯は一人困惑していた。どう言ったらいいのかわからなかった
実はリトへのプレゼント選びはかなり迷った。ゲームにするのか服にするのか
遊に相談したりもしたが、まともな答えが返ってくるはずもなく
結局唯は一人悩みに悩んだ末。マフラーにすることにした
シンプルすぎると思った。ホントは手編みとかの方が喜ぶかと思ったが、そんなコトはできるはずもなく……
だから、目の前で一人うれしそうにしているリトの顔を見ても、本当にコレでよかったのか不安になっていた。
もっといいモノが、喜んでくれるモノが、あったかもしれない
「唯?どーしたんだよ?」
「な、なんでもないわよ!それよりホントにそれでよかったの?もっと……」
「へ?なんで?だってコレすげーあったかくて気持ちいいんだぜ!今までオレが持ってたどのマフラーよりも最高だと思うけど」
どこか得意げに話すリトに唯は目を丸くする
「そんな大げさよ」
「大げさじゃねーよ!だってお前がくれたモノなんだぞ?オレにとったらそれだけで特別になるよ」
唯の顔が暗い夜でもわかるほどに赤くなっていく
「と、特別…なんだ」
「当たり前だろ!ッてあのなー。オレにとったらお前と今こーしてる時もすげー特別で、
なんていうか…その……最高のプレゼントになってるってゆーか…」
どんどん声が小さくなっていくリトを唯はただじっと見つめる
リトはどこか言いにくそうに、照れくさそうに唯から視線をそらす
「と、とにかく!お前とこうやって一緒にいるだけで、オレにとったら最高のクリスマスだし、それがプレゼントになってんだよ!!」
「あ…」
短い吐息と共に、唯の気持ちが高鳴っていく
「わ…私といるだけで…ッてホントなの?それ……」
リトは自分が言ったコトが急に恥ずかしくなったのか、唯から顔を背けると早口でまくし立てる
「ああ。そーだよ!ッてこんなことウソなんかで言えるワケねーだろ」
「うん…」
唯はリトの言葉を噛み締めてるのか、黙ったままじっと下を見続けている
そんな唯をリトはチラチラ見ながら、ずっと心にあったコトを言おうか言うまいか
何度も頭の中で反芻させていた
本当ならさっき店で言おうと決めていた言葉
しばらくするとリトは手をギュッと握り締め、唯の顔を見ると真剣な表情になる
「あ、あのさ唯」
「え」
唯は顔を上げるとリトを見つめる。その顔はいつも以上に真剣でそしてどこか決意に満ちていた
「どうしたのよ?そんな真剣な顔して」
「……さっきオレお前に言ったよな?唯がいるだけでって。オレ今まで家族としかクリスマス過ごしたコトなくてさ、
クリスマスはいつも美柑の作ったケーキ食ってるだけって感じで…」
(私と同じ…)
唯は声に出さず、心に押し込めるとじっとリトの声に耳を傾ける
「だからクリスマスがこんなすげータイヘンで、でもうれしくて、幸せで…こんな風になるなんて思ってなかったから今日、正直びっくりしてる」
「失敗ばっかりだったけどね!」
「うぅ…ゴメン」
別にいいわよ。私もあなたと同じ気持ちだから――――
唯はあえて声に出さずリトの言葉を待つ
「だ、だからさもし唯がよかったらその……これからもじゃなくて…この先もずっとオレとクリスマス一緒にいてほしい……って思ってる」
「え……あ!」
短い呟きの後、ゆっくりと唯の胸にリトの言葉が染み込んでいく
(それってもしかして…プロ…)
唯は言葉もなくただ呆然とリトを見つめていた
「え、あっと…と、とりあえずオレからも唯にプレゼント!」
リトはそう言うと、さっきの唯の様に持っていた袋を無理やり手渡す
「あ…開けても…」
「え!?あ、ああ」
唯は半ば呆然とした面持ちで、手に持った袋を開けていく
「ん?……コップ?」
きょとんとなる唯
「ゴメン。いろいろ迷ったんだけどさ、なんつーかずっと置いといてほしいモノより、ずっと使ってほしいモノをって考えてたらコップになった…」
「……」
「やっぱブランド物とかそーいうのが…」
唯は手に持った袋からもう一つのコップを取り出した
「これ二個……セットなの?」
「二個で一つの絵になるペアのコップなんだけど……ハハ、やっぱ…」
「……普通こういう時って指輪とかを渡すんじゃないの?」
一人ドキリと慌てるリトの前で唯は二つのコップを重ね合わせる
「私も…初めてのクリスマスなのに……」
「え…」
「カッコわる。結城くん」
ゴメンを言おうとしたリトの口が固まった
目の前で微笑む唯の笑顔
今まで何度も見てきたリトだったが、今回はいつもとは違う、どこか特別な感じがした
二個のコップが合わさってできる、二匹の子犬がじゃれあう姿を唯はじっと見つめていた
可笑しそうに、照れくさそうに、そしてうれしそうに
ぼーっと自分の顔を見つめるリトに気付くと唯は慌てて顔を背ける
「なによ?ぼーっとしたりして」
「へ?いや…お前ってそんな風にも笑うんだなって思ってさ」
「な、なによそれ!?別におかしくないわッ!普通に笑っただけじゃない!!」
すごい剣幕で怒り出す唯をリトは一生懸命なだめようとする
「悪い!悪かったって!だからそんな怒んなって!……で、結局ソレはもらってくれるのか?」
唯はリトをじと目で睨みつつ、視線をコップに移す。クリスマスをモチーフにした赤と白
雪の中でじゃれあう二匹の子犬の絵
さっきリトの言った言葉が頭に浮かぶ
(ずっと置いててほしいモノより、ずっと使ってくれるモノを……か)
唯はリトに見えないように小さく笑った
ソレは自分がマフラーを選んだ時と同じ理由だったから
しばらくコップを見つめていた唯は、片方のコップをリトにそっと差し出した
「あ……やっぱいらない…よなァ…」
「そうじゃなくて!あなたも使って!」
「え?」
リトが俯く顔を上げると、唯は真っ赤になっていた
「せ、せっかく二個あるんだし、その…私一人で使うより結城くんも使ってほしいというか……。お、お揃いのコップなんだしもったいないじゃない////」
「唯…」
リトはギュッと胸を締め付けられるような、そんな感覚に目が熱くなってくるのがわかった
「と、とにかく私はこっちを使うから、結城くんはそっちを使って!」
リトはコップを受け取ると、本当に大事そうに自分のコップをカバンにしまう唯の姿に、うれしさのあまりなんて声をかけていいのかわからなくなっていた
ただ唯のコトを本当に好きになってよかったと心の中で何度も呟いた
そんな自分の姿を不思議そうに見つめる唯にリトは慌てて口を開く
「あ、あのさ唯。さっきの続きなんだけど。今日オレ…全然ダメで、お前にカッコ悪いとこばっか見せてさ……。
ホントにダメなクリスマスになっちまったけど……それでもオレ来年もこの先もずっとお前といれたらなって!!」
リトのいつもとは違う熱い視線
「もちろん来年は今日みたいじゃなくて、もっといい処に食いに連れて行くし、プレゼントだっておまえの欲しいもの買ってやる!
店だって間違いようにする!お前にもっと気の利いた言葉もかけれるようにがんばる!!だから…」
唯はなにも応えずただ黙ってリトを見つめている
「唯?ってやっぱダメだよなァ…都合よすぎるっていうか。オレ今日失敗ばっかだったし」
一人うな垂れるリトの耳に小さな笑い声が聞こえてきた
「唯?」
「…ぷ…あはは」
「な!?なんで笑うんだよ?オレマジで言って…」
「だって結城くんすごく必死なんだもの。……まあ確かに今日は失敗ばかりだったけど私、楽しかったわよ!」
唯の言葉にきょとんとなるリト
「で、でもおまえ怒ってたんじゃ…」
「確かに家族とか他の誰かだったら怒って帰ってたかも…」
「じゃあなんで?」
唯は溜め息を吐くとぷいっと顔をリトから背けた
「……結城くんといるからでしょ!////」
「え……あっ!」
唯はリトから逃げるように顔を俯かせる
「ほ、ホントにオレがいるだけでよかったのか?」
当たり前でしょ
「だってクリスマスなんだし、高いとこで食事とか、ホントはプレゼントも良いやつが欲しかったりとか…」
豪華なお食事も、高いプレゼントもいらないわよ
「えっと…ゆ、唯?」
だって、だってあなたは私の一番欲しかったモノをくれたじゃない
俯いていた顔を上げた唯の顔は、相変わらず真っ赤に染まっている
唯はキュッと手を握り締めるとリトの目を見つめた
「結城くん私はね……」
ホントは一緒にいるだけで幸せなんだから
「私は……」
だけど…世界で一番とか、好きとかそんなこととても言えない
「私、は…」
言えないけど、それでも結城くんのことが好きだから、だから
「私…私もこれから先もずっと結城くんと一緒に…」
「唯…?」
その時、空から降ってきた白いふわふわしたモノが唯の頬に触れた
「え?」
「あ!雪だ…」
二人が見上げると、空から雪が一つ二つと舞い降りてきた
「ホワイトクリスマスじゃん」
空を見上げたまま、一人喜ぶリトの横顔を唯はじっと見つめる
本当に、本当に私は結城くんと――――
フッと気付くといつの間にか目の前にリトの顔があった
しばらくボーっとしてしまってたらしい
唯は顔を赤くさせるとふいっと顔を背ける
「なによ?////」
「いやボーっとしてたからさ、なんか考え事か?」
「なんでもないわよ…」
そう言いながらも、一瞬ちらりとリトの方を見た唯の目に、一人怪訝な表情をしてるリトが映る
「……あ…あのね」
「ん?」
「さっきの話なんだけど……アレホントなの?その……私と一緒にって…////」
リトはきょとんとなったがすぐに、ムッとした顔になる
「あのなァ!さっきも言っただろ?こんなことウソなんかじゃ――」
「もう一度言って…」
「え?」
唯の顔は真っ赤に染まり、声もいつもより小さい
「も、もう一度言って!聞きたい…から……////」
「……お、おう!……じゃ、じゃあもう一回だけな!」
「…うん」
そうは言ってみたものの、改めて自分の言った言葉を思い返すと、とんでもないコトを言ったのだとようやくわかってきた
どう考えてもプロポーズ以外のなにものでない
そしてこれからもう一度言うことになる
緊張と恥ずかしさでベタつく汗をズボンで拭きながら、リトは唯をちらりと見る
唯は待っていた。白い雪が黒い髪を染めていく中、ただリトのコトをじっと
リトはそんな唯の頭に付いた雪を手でやさしく払う
そして、緊張と照れくささを隠すように深呼吸をした後、すっと唯を見つめた
「唯…」
「…ん?」
黒い瞳を濡らしながら、少し上目遣いな唯の視線にリトの鼓動はどんどん高くなっていく
「えーっと……よし!」
リトは一人うなずくと、黙って唯の手を握る
「オレ来年のクリスマスもお前といたいって気持ちはあるんだ。けど、その時は、今みたいな感じじゃなくてもっとお前と近づけたらなって思ってる」
リトの言ってる意味がわからなくて唯は困惑してしまう
「えっと、だからその…来年のクリスマスは、今よりもっとお前のこと好きになってる」
「え…」
「好きって気持ちはかわらない!けど、気持ちはどんどん大きくなっていく
オレお前のコトがマジで好きだからな!!きっとこれからも大きくなってく」
リトの握り締める力が強くなる
自分の思いの強さを伝えるように
自分の気持ちの大きさを表すように
「オレお前のことが好きだ!すっげー好き!大好きだ!唯を放したくないし、離れたくない!!
ッてそれだけでお前とこれからもってワケじゃないんだけど……ないんだけど…」
肝心のところで言葉に詰まり出すリト
「えっとなんつーか……うまく言えねー……。で、でも唯と一緒にいたいって気持ちは本物なんだ!お前とその…またクリスマス一緒にできたらなって……思ってる」
最後は声も小さく、尻すぼみするような弱気なモノになっていたが唯にとっては十分だった。というより十分過ぎた
こんなにも誰かから、それもリトから「好き」を連呼されたことのなかった唯の体と心は、
完全にとろけきっていた
頭が真っ白になり、好きという言葉がぐるぐると回る
ぼーっとなっている視界にはすでに、リトの姿しか入っていない
そしてその姿が次第に霞んでいく
「唯?……唯?」
リトの声も遠くから聞こえる様な感覚
どんどん霞んでいく景色。その時、ふっと自分の目のあたりを触れる感触に唯はハッとなる
「お前……なに泣いてんだよ?」
「え……?」
唯は慌てて手で目元を擦ると、手の平の濡れた感触に驚く
(私…泣いて……)
唯はリトから顔を背けると、手でゴシゴシと涙を拭く
けれど、後から後から溢れる涙
(どうして?どうして私……こんな…)
リトにいっぱい好きだと言われ、うれしくて、うれし過ぎて
色んなモノが唯の中で大きくなり、そして涙となって溢れ出していた
リトは一人泣いている唯の腕を取ると、そのまま抱き寄せた
「な!?ちょ、ちょっと!外なのになに考えて…」
「ゴメン…なんかこーした方がいいって思ってさ」
リトは腕に少し力を込めると、ギュッと唯の体を抱きしめた
ドキンと心臓の高鳴り、抗議の声を出そうとした唯の声が、喉の奥で止まる
変わりに唯はリトの両肩を掴むと、そのままリトの肩におでこを乗せた
目を閉じじっとリトに身を任せる。その時
トクン、トクンと聞こえるリトの心臓の音に唯はくすっと笑った
(結城くんも私と同じなんだ…)
同じように緊張して、そして、勇気を振り絞ってくれた
地面が白く染まっていく中、二つの気持ちが一つに重なる
やがてリトは腕の力を緩めると、唯の体を少し離した
「大丈夫か?」
「べ、別に私は最初から…」
唯の声を遮る様にリトの手が頬を撫でていく
「涙とまったじゃん」
リトのくったくない笑みに唯の顔が赤くなる
「……あ、ありがと////」
リトはなにも言わずに唯の顔に自分の顔を寄せる
「な、なんなの?」
「キスしたい」
「な!?だ、ダメよ!ダメっ!!こんなところで…」
「後でいっぱいお説教もハレンチなってしてもいいよ!だから…」
唯の開きかけた口はリトに塞がれた
「んッ…う、ン…」
襟をギュッと握り締める唯の強張る体にリトは反射的に顔を離す
「ご、ゴメン!急すぎだよな…」
「あ、当たり前でしょ!!こんなコトッ////」
赤くなりながらも本気で怒る唯にリトはしゅんと小さくなってしまう
「まったく!さっきまであんなにカッコよかったのに、どーしてあなたはいつもいつも…」
「ん?カッコよかったのか……さっきの?」
「え?あ!……ま、まあちょっとは…ね」
ふいっと顔を背ける唯の腰にリトは腕を回すと、ぐいっと再び引き寄せる
「え?ちょ…ちょっとなにを…」
「今日はありがとな!クリスマスお前と過ごせてオレすげー幸せ!!唯がこーしてここにいる、それだけでオレはいいんだ」
唯の顔が一瞬で真っ赤に染まる。心臓がドキドキしすぎてどうにかなっちゃいそうだ
リトの顔を見つめるのがやっとで言葉も出てこない
「唯……好きだよ」
「も……も~ホントにあなたって……////」
リトは唯に笑いかけると、やさしく触れるように唇を合わせる
今度は唯は抵抗しなかった
リトの腕の中で、目を閉じそのぬくもりを気持ちを重ね合わせる
長い長い触れ合うだけのキス
どちらかともなく唇を離すと、恥ずかしさでお互い赤くなったまま俯く
「唯の口すげー冷たくなってたな」
「結城くんもでしょ」
リトは少し間を置くと、言いにくそうにけれど、精一杯の勇気を出して言った
「あ、あのさだからってワケじゃないんだけど、こ、今夜うちに来ない?
ほ、ほら唯の体冷たいし、手だってすげー冷たくなってて……ってダメ?」
唯はじーっとリトを見つめていた
どう考えてもハレンチなコトしようって言ってるようにしか聞こえなかったから
けれど今日はクリスマスだ
いつもなら真っ先にハレンチな!と殴る唯も今夜だけは少し違っていた
「ホントにあたために行くだけなの?」
「ほ、ホントだって!だってこんな冷たくなってる唯をこのまま帰せるかよ!
風邪引いちまうだろ」
リトの目は真剣だ。ウソを言ってる様には見えなった
唯は小さく溜め息を吐く
「わかったわ!じゃあ結城くんの言葉に甘えさせてもらうわ。
だけど……勘違いしないで!今日は「その日」じゃないんだからね!!」
「わかってるって!お前ホント…」
「なによ!?結城くんがいつもいつも私との約束を…」
「わかった!わかったから」
なんて言いながらもリトは一人ガッカリしていた
二人で決めた一週間に一度のえっちをしてもいい日
見事にクリスマスの今日と合わなかったのだ
リトは溜め息を吐きつつ、ちらりと唯を見る
唯はまだぷんぷんと怒っていた。よっぽど自分のコトが信用できないらしい
リトはまた深い深い溜め息を吐いた
「……とりあえず今から帰るからなんかあったかいモノでも作ってくれねーかな?
うん、そう、うん、……ありがとな美柑!」
リトはケータイを切ると唯に向き直る
「じゃあ行こっか?」
なにも言わずに隣を歩く唯をちらりと見るとリトは唯の手を握り締める
「あ!ちょっと…」
「手…握りたい。今日全然握ってなかったからさ」
唯は言葉に詰まった。確かに今日は色々ありすぎてあまり手を握っていなかった
それに、この寒い中リトの手がすごくあったかく感じた
いつものやさしいぬくもりに、今日はほんの少しの強さが加わっているような気がする
「……誰かが来たらどうするのよ?////」
「じゃあこーしたらいいよ」
リトは唯の手を引っ張ると、そのまま自分のコートのポケットに手を繋いだまま入れた
「え!?////」
「こーしたらバレないだろ?」
リトはそう言うが、一緒にポケットに手を入れてるため、それだけ体は密着もするし
なにより隠れて手を繋ぐという行為が唯には刺激が強すぎた
唯はとっさにリトに抗議しようと振り向くが、そのままじっとリトの顔を見つめてしまった
リトがとてもうれしそうだったから
(もう…)
唯は心の中で溜め息を吐くと、リトの手をキュッと握り返した
いろいろ思い通りのクリスマスにはならなかったけどそれでもいい
ケーキも七面鳥もないけれどそれでもいい
だってだって……
なによりも大切なモノをプレゼントされたから
唯はもう一度リトのことを見つめる
「……うん。私も、私も結城くんとずっと一緒にいたい…」
小さな呟きはリトに聞こえたのかどうかわからない
それでもポケットの中の手はその言葉に応えるように強く握り締められた